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開発日誌

―リトル・リコレクターのメンバーが、それぞれの目線で開発の様子をお届けします―

ストライプ

こんにちは。プログラマの堀内です。

前回に引き続き、インタビューをお送りします。 今回は立場を入れ替えて、僕からプログラマの寺沼さんにインタビューを行います。 寺沼さんは『リトル・リコレクター』のプログラムディレクターとして、開発の初期からプロジェクト全体を支えてきた人物です。どんな話が聞けるのか楽しみですね。


本人の写真

プログラマ 寺沼さん

今回インタビューを受ける人。『リトル・リコレクター』ではプログラムディレクターを担当。

長年の開発経験でチームを支える、頼れる司令塔だ!


——それでは始めていきます。よろしくお願いします。 まずはルーツ系の質問から。寺沼さんがプログラマー、そしてゲーム業界を目指したきっかけは何でしたか?

記憶にあるのは小学校の頃です。 図書室に、いろいろな職業を紹介する学習漫画のようなものが置いてあって、そのうちの一つに「ゲーム作り」があったんです。 そこで初めて「そういえばゲームって、作ってる人たちがいるんだな」と気づいて。それが「ゲーム開発者」という概念との初めての出会いでした。 「これになれたら面白そうだな」と思ったのが一番最初ですかね。

それはそれとして、「プログラミングってかっこいいな」という思いももともとあって。 小学校の頃に初めてパソコンを買ってもらって、そこからお遊びみたいなことをしているうちに、いつの間にか情報系の大学に行って、ゲーム会社に入っていました。

——初めて書いたプログラムはどのようなものでしたか?

初めて触った言語はVisual Basicです。 Windowsフォームアプリケーションで簡単にウィンドウが出せたので、それを使ってよく分からないものを作って遊んでいたのが一番最初です。 ボタンを押したらよく分からないメッセージが出るジョークアプリみたいなところから始まって、あとはスクリーンセーバーを作ってみたり。

——フォームアプリケーションだとC#もあったと思いますが、当時は触らなかったんですか?

C#は大学に入ってからですね。 当時、僕とは別にもう一人プログラムをやっている友人がいて、彼が紹介してくれたのがVisual Basicだったんです。特に不足も感じていなかったので、ずっとそこに収まっていた感じですね。

——結構、友達の影響も大きかったんですね。

そうですね。彼はDTMも教えてくれたので、今の僕を形作っている、結構重要な人物と言えるかもしれません。

——人生のキーパーソンという感じがしますね。 では、初めて作ったゲームはどのようなものでしたか?

初めて作ったゲームでいうと、大学の文化祭ですね。 プログラミングのサークルのようなものに入っていて、文化祭でゲームを作って展示しようという話になったんです。そこでDXライブラリを使ってリバーシを作りました。

——作ってみた感想はどうでした?

面白かったですね。 文化祭での公開なので、大学の人もそうですし、一般公開日には外部の人も来てくれるんですよ。そこで不特定多数の人に見てもらえたという経験は、就職するときの原点の一つになっていると思います。


——寺沼さんは長くウニコで受託開発をやってきましたが、受託とオリジナルを比べて、プログラマーとして一番違うと感じた部分はどこですか?

受託だと、やはり僕以外の人間が仕様を作ってくれていて、それをもとに実装していくという側面が大きいです。 それに比べて自社タイトルだと、もちろん他の人が仕様を作っている部分もあるんですけど、「自分でこうした方がより面白くなるんじゃないか」と考えられる範囲が広い。 受託でそれをやろうとすると、一旦先方の会社に「こんな感じのはどうですか」という提案をしないといけないので、ワンクッション入るんですよね。その意味では、自分の頭にある創造性をより強くゲームに反映できるのがオリジナルだと思います。

——開発の最初の頃、よそで見聞きしたやり方を試験的に取り入れるのを結構やっていましたよね。Unityのフォルダ構成だったり、プレイヤーの細かいロジックの切り出しだったり。あれはどうでした?

ディレクトリ構成に関しては、正直「普通にしちゃおう」と、なし崩し的になっちゃったなと思っています(笑)。 デザイナー側から「グラフィックのリソースが分散するのはちょっと扱いにくいかも」という要望が出たこともあって。もしかしたら、ちゃんとやってみたら普通にうまくいく方法だったのかもしれないけれど。

どちらかというと、これまで関わってきた受託開発は途中参加が多くて、僕が参加する頃には「どういう方針でいこう」という部分がすでに決まっていることが多かったんです。 『リトル・リコレクター』は一から参加できたプロジェクトだったので、「積極的に新しい考えを取り入れてみよう」と、いろいろ試していた部分はありますね。やらないことには、その効果は測れないので。


——このゲームでは、インゲーム・アウトゲームのどちらも僕(堀内)が書かせてもらっていますが、寺沼さんの中で「任せる」と「自分でやる」の線引きはどうしていましたか?

ほぼやってもらってるじゃん、という話はあるんですが(笑)。 僕がやるか堀内くんに任せるかというよりは、まず作業自体をどう分けるかという話になります。アクションゲームなら「アクション部分」と「UI・アウトゲーム部分」で明確に分かれるので、まずそういう分類をしていきます。 もしこのプロジェクトにもっとプログラマーがいて、より細かく分けるんだったら、アクション部分なら「プレイヤー挙動」「ステージ挙動」、UIなら画面ごと、という分け方を想定していたと思います。なるべくお互いに影響がない単位で分けるのがやりやすいのではないでしょうか。

——「どうしてもここだけは自分で書きたいんだ」みたいな部分はなかったんですか?

これまでのプロジェクトでは僕はUIをメインに触ってきていたので、「なるべくアクションを書いてみたい」という気持ちはありました。かつては(笑)。 でも、そうも言っていられなくなったので、現在は信頼できる堀内くんに全てをお任せしています。

——僕がインターンとして入った頃の話も聞きたいです。あの頃はどんな感じで作業を振っていたんですか?

最初は「出力がどのくらいなのか、これをやってもらってみて様子を見よう」という感じでした。 ただ、堀内くんは「プログラマーの中のプログラマーだな」と、割と早い段階からなんとなく感じていた気がします。会話していても分かるし、そもそも自分でグラフィックスライブラリを書いているといった事前情報も知っていたから。 なので「こいつの実力がよく分からないな」という時期はそこまでなくて、それなりに信頼して任せられました。

自分のことを、プログラマーの中で上澄みの実力を持っているとは思っていないんです。それよりは、会社の中で正しく成果を積み重ねていこうというタイプで。それで言うと、堀内くんを自分より下だと思って見ていた瞬間はなかったですね。

——作業を振るとき、「ここまで言えば伝わる」という説明の塩梅はどうしていましたか?

堀内くんを信頼して、雑に振っていました(笑)。結構抽象的な注文をつけていた気がします。 用語の説明とかはしなくてもなんとかなるだろうし、「分からなかったら聞いてくれ」というスタンスで、説明はそこまで細かくしなかったかな。 僕が逆の立場で細かく説明されると、てんやわんやになってしまうタイプなので。それよりは、一旦現状のコードを見たり、いろいろ調べたりした上で、分からないところを質問できる方が嬉しいだろうなと。

——僕も分からなかったら聞くタイプなので、そこの噛み合わせが良かった感じはしますよね。


——次は「企画への口出し」について。プログラマーとして、企画や仕様にはどこまで口を出しますか?

さっき話した通り、企画への口出しは自社開発の方が明らかにやりやすいです。 特に僕はプログラムディレクターという立場にあることもあり、あまり躊躇せず口を出していたと思います。

軸は二つあって、「より面白くする」提案と、「面白さをなるべく損なわずに作業を短縮する」提案です。 これまでそれなりにやってきた蓄積があるので、その経験はなるべく共有したいし、面白さを損なわずに済む方法があるならそうしたい。この二つを両方かなえられるものを思いつくと、結構提案していたかなと思います。より面白くなるし、作業短縮にもなるので。


——プログラムにも好きな領域と苦手な領域があると思うんですよ。開発の最初期はアクションを作っていましたよね。あのときはどうでした?

楽僕の思い描いたアクションを、思い通りに入れられたので。しかったですよ。

——難しさを覚えたりはしましたか?

難しさ……。後に堀内くんが、より書きやすいように色々と書き直してくれたので、「すごいな」と思いました。「ここもスパゲッティだったんだ」と(笑)。 僕としても、書きやすいように設計から考えて書こうとはしていたんですが、結果として複雑になってしまって、大変だなと思っていました。その状態で堀内くんに引き継ぎました(笑)。


——少し話を変えて、オン・オフの切り替えについて。仕事とプライベートを結構分けている印象がありますが、切り替えのコツはありますか?

帰ってしまえば、仕事のことを考えるのは1割ですね。 プライベートではプログラムはほぼ書きません。あまり必要がないので。

——「こういう新機能が追加されたらしいぜ」みたいな、技術的な話題には興味がある方ですか?

そういった動機で動くタイプというよりは、作りたいものが先にあって、そのたびにプログラムを書くタイプですね。

——コードを書かない分、新しい技術のインプットはどうしていますか?

SNSのタイムラインを眺めていたら流れてくるんですよ(笑)。 能動的に、という感じではないですけど。

——では、「開発環境でこれがないと困る」というツールはありますか?

ちょっと考えさせてください。……開発環境と言えるかは微妙ですが、PowerToysは新しいPCを手に入れたら絶対に入れます。あれはあらゆる面で便利なので。 PowerRenameが好きですね。あとカラーピッカー。カラーピッカーは清水くんも使っています。

あとはRiderを結構使いたいという気持ちがあるんですが、どちらかというとあれはUnreal Engineで使いたくて。本作においてはそこまで主役ではないんですよね。

えーと……じゃあ、一番好きなツールは……File Locksmithで(笑)。

——(一同笑)

あ、そうだ。あとは、机にキシリトールガムを常備していることが多いです。 飲み込むタイプのものを食べると太ってしまうので、口寂しいときはガムで我慢しています。


——では少し毛色を変えて、一番思い出に残っているゲームは何ですか?

「一番好きなゲームは?」と聞かれたら、『星のカービィ』シリーズと答えることにしています。

——特に思い出に残っている作品はありますか?

どの作品も面白いので、1つに絞るのは難しいですね… でも、「思い出」という意味で言うと、子どもの頃に遊んだ『ドロッチェ団』や『ウルトラスーパーデラックス』は思い出に残ってますね。 あとは、『ディスカバリー』が発表された時は、「ようやくカービィ本編が3Dになった!」と嬉しくなったのを覚えています。 もちろん『エアライダー』も遊んでいます。

——カービィ作品の魅力はなんですか?

初心者と上級者を同時に楽しませる仕組みがすごいな、と思います。 『リトル・リコレクター』でも、上級者専用のゲームにしない、ということはかなり意識していました。

『リトル・リコレクター』を作っていて感じたのですが、ゲーム開発者は放っておくと、ゲームに慣れてどんどん難しくしようとしてしまう側面があるんです。なので「これ、難しすぎませんか?」と言う役目は、ちょいちょいやろうとしていた記憶があります。 これも、僕がこれまでやってきたゲームの傾向がそうさせているのかもしれません。

——アクション面でも難易度面でも、いろんな人に気持ちよく遊んでもらえるように障壁を減らす努力をしている感じはありましたね。 それでは最後に、読者へ一言お願いします。

めちゃくちゃ面白いので、買ってください。

我々から言えることは、そのくらいですね(笑)。 アクション部分は、僕の経験からなるべく手触りが良いものになっていますし、なにより「持って帰る」というコンセプト自体がかなり面白いゲームなので、ぜひ遊んでみてください。


今回は寺沼さんへのインタビューでした。 普段の開発の中では聞けない、寺沼さんのルーツやディレクションの考え方が知れて面白かったです。

それでは、また次回の日誌でお会いしましょう!

こんにちは。プログラマの寺沼です。

前回・前々回に引き続き、インタビューをお送りします。 今回のお相手は、プログラマーの堀内くんです。 堀内くんは、『リトル・リコレクター』のプログラムを、インゲーム・アウトゲームかかわらず、全体的に担当してくれています。


本人の写真

プログラマ 堀内くん

今回インタビューを受ける人。『リトル・リコレクター』ではプログラム全般を担当。

アクションからUI、最適化まで、あらゆるタスクをこなす仕事人だ!


——それでは始めていきます。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

——堀内くんはプログラマーですが、いつ頃からゲーム業界を目指そうと思ったのですか?何かきっかけなどがあれば教えてください。

これといった明確なきっかけがあったわけではないんです。 中学の頃にゲームをたくさんプレイしていました。対戦ゲームをやっていると自分の実力が分かりますが、自分はそれほど強くなかったんです。 一方で、マインクラフトなどでゲームの「もどき」を作ったりもしていました。練習して強くなるよりも、自分で作る方が面白いのではないかと思うようになったんです。

——なるほど。ゲームのプレイヤーとしてではなく、クリエイター側の方が向いているのではないかという意識の変化があったのですね。

あとは、PCを日常的に触っていたというのもあります。

——PCに初めて触れたのはいつ頃でしたか?

生まれた時には既に、家にPCが置いてありました。 触る機会はあまり多くなかったのですが、本格的に触り始めたのは小学校4年生の頃からです。

——パソコンを触り始めた頃は、どのようなことをしていたのですか?

本当にネットサーフィンばかりしていました。 基礎から入ったわけではなく、普通はローマ字入力を覚えてからタイピングできるようになりますが、私の場合はいきなり検索を頑張って行うような感じでした。

——練習のようなプロセスを踏まずに進めたのですね。

そうですね。やっているうちに自然と打てるようになりました。少し特殊な覚え方かもしれません。

——もともとやりたい目的が先にあって、ネットサーフィンで調べたいことがあったという感じでしょうか。

いえ、特別な目的があったわけではなく、 当時は「おもしろフラッシュ」などが流行っていた時代で、友達から教えてもらい、そういうものを見ていました。懐かしいですね。

——なるほど。どちらかというと、新しいおもちゃを手に入れたという感覚に近かった訳ですね。 初めて書いたプログラムはどのようなものでしたか?

本当にプログラムの「プ」の字も分からない頃に、なぜかいきなり難しいものに挑戦しようとして、マインクラフトでJavaをいじり始めました。 「何これ、全然分からない」となりながらEclipseを入れたんです。当時はIDE(統合開発環境)のことも分からず、「Eclipseって何?」「IDEって何?」という状態で、書き方すら分からないところから見よう見まねでコードを打ち込んでいました。

——何かを参考にコードを書いていたのですか?

海外の解説動画などを参考にしていましたね。

——なるほど。話を聞いていると、プログラマーになったきっかけとしてマインクラフトの影響が大きかったのですね。

それは大きいかもしれないですね。 プログラミングへの入り方が少し特殊だったなと、自分でも思っています。

——体系化された学びから入ったわけではないということですね。

そうですね。

——本格的に情報系の勉強を始めたのはいつ頃でしたか?

情報系の高校に入って、そこからC言語を触り始めました。 高校に入る前にも、競技プログラミング(競プロ)に興味を持って、C++の環境を構築してみたり、C++を少し触ったりしていました。 当時はクラスも関数もよく分かっておらず、「こう書けばこう動くんだ」という程度の理解でしたね。

——初めてゲームを作ったのは、いつ頃でしたか?

高校の卒業制作の時ですね。 Unityでシューティングゲームを作りました。 卒業制作は何を作ってもよかったのですが、その時点ですでにゲームの専門学校に行くことを決めていたので、試しにゲームを作ってみようと思ったんです。

——複数人でゲームを作ったのは?

専門学校に入ってからが初めてですね。

——その時、大変だったことはありますか?

複数人での開発だと、やはりコミュニケーションが一番のネックでした。 お互いの言いたいことが上手く伝わらない時に、どうすれば分かりやすく説明できるか、かみ砕いて伝える工夫をしていました。

——学生時代のゲーム制作と、就職して仕事としてゲームを作り始めてからで、何か違いを感じる部分はありますか?

意外と根本的な部分はそこまで変わらないなと感じました。もちろん、開発手法やタスク管理のやり方など、組織としての違いはあります。 実際のコードの書き方や技術的な側面に関しては、学生時代とあまり変わらない部分も多いです。

——『リトル・リコレクター』の開発について伺いたいです。 ゲームのコア部分をほぼ統括されていると思いますが、開発で特に楽しかった部分はありますか?

プレイヤーの挙動(アクション)を作っている時が、一番楽しかったです。

——もともとアクション部分を作るのがお好きなんですね。

そうですね、好きです。学生の頃からプレイヤーの挙動をずっと触っていたので、アクション要素の開発はやはり楽しいですね。

——開発で大変だった部分や、苦手だと感じた部分はありますか?

UI(ユーザーインターフェース)ですね。これまでカチッとしたUIの実装をしたことがなかったので。 これまで自分が担当してこなかった領域なので、ノウハウがなくて苦労しました。 それと、最適化にはかなり苦しみました。 プログラムの書き方が悪いとパフォーマンスが落ちて重くなってしまうので、そこは常に意識して書いていました。


——少し開発の話に偏ってしまったので、普段のプライベートの過ごし方なども聞いてみたいですね。 休みの日は何をしていますか?

本当にありきたりですよ。 動画を見るか、ゲームをするか、あるいはプログラムを書くかですね。

——差し支えない範囲で、どのようなものを書いているか教えていただけますか?

簡単なツールを作ってみたり、あるいは『クソゲー』レベルのものを作ってみたり、低レイヤーの部分を触ってみたりしています。 練習目的のものもありますし、「これを実装してみたい」と思ったアイデアをコードに起こしてみる、といった感じですね。 勉強というよりは、趣味の遊びに近い感覚ですね。

——低レイヤーの部分を触ることもあるのですね。 低レイヤーに興味を持ったきっかけはありましたか?

学校でOpenGLのラッパーライブラリを触る授業があったんです。 最初は少し面倒だなと感じていたのですが、学習を進めるうちに色々なことができるようになって面白くなっていきました。 知識が増えることで、表現できる幅が広がっていくのが楽しかったです。 また、自作のグラフィックスライブラリを作っている先輩が身近にいて、それを見て『格好いいな、自分でも作れたら絶対に楽しいだろうな』と思ったのが、低レイヤーのプログラミングを始めたきっかけです。

——プログラミングの楽しさと同時に、『これができたら格好いい』という憧れもあったのですね。

あとは、高い技術力を身につけるためには、あえて難しい道(いばらの道)を進むべきだという思いもありました。

——非常にストイックですね。


——開発ツールや開発環境へのこだわりはありますか? TUI(テキストユーザーインターフェース)やコンソールで操作するツールを好んで使っている印象があります。それは昔からですか?

最初からそうだったわけではないです。 最初は『とりあえず触って覚えよう』という気持ちからでした。 「コマンドラインで操作するのって格好いいな」という、少し中二病的な憧れもありました(笑)。

——先ほどの「趣味でプログラムを書く」のと同じで、ツールをいじること自体が好きなのですね。 最近使って面白かったツールや、おすすめのツールはありますか?

今のところ定着しているのは、やはり『yazi』(ターミナル向けファイルマネージャー)でしょうか。ずっと使っています。 画面が見やすいし、凄く軽快に動きますね。 あとは、Gitのクライアントツールですね。普段からCUIのGitツール(lazygitなど)を使っています。

——『リトル・リコレクター』のコードを書く際はRiderを使っていますよね。 Riderは以前から使っていたのですか?

以前も使っていましたが、ライセンスの関係で一時的に使わなくなったりしていました。 学生時代は基本的にVisual Studioをメインで使っていましたね。

——今またRiderを使っているということは、使い心地が良いということですね。

そうですね。非常に使いやすいです。それと、かなり細かい話になりますが、ヒープアロケーション(メモリ確保)を視覚化できるプラグインがあって、どこでメモリ割り当てが発生しているかが一目で分かるのが非常に便利です。

——パフォーマンスチューニングを行う上で、それは非常に有用な機能ですね。 後で何というプラグインか教えてください。(笑)


今回は堀内くんへのインタビューでした。 インタビューを通して、堀内くんが技術を楽しんでいることがうかがえて、面白かったです。

次回のインタビューでは、寺沼へのインタビューを行います。よろしくお願いします。

こんにちは!デザイナーの森です。

今回は前回から引き続きインタビューをお送りします。お相手はアートディレクターの清水さんです。前回とは反対の構図ですね。清水さんは『リトル・リコレクター』の企画の初期構想を考え、個性的な絵のタッチでビジュアルイメージや世界観の軸を作った人物です。その独特な絵柄のルーツについて伺おうと思います。キャラクターデザインの誕生秘話についても深堀りしていきますので、ぜひ最後までご覧ください。


本人の写真

アートディレクター 清水さん

今回インタビューを受ける人。『リトル・リコレクター』のデザイン全般の監修、キャラクターデザイン、キャラクターアニメーション、音楽の監修まで多岐にわたる箇所を担当。

ディレクター三人衆のうちの一人だ!


——今回は清水さんにインタビューしていこうと思います。よろしくお願いします!

はい、よろしくお願いします~

——アートディレクターの清水さんですが、『リトル・リコレクター』では、アートの領域を超えて結構いろんなことをしていますよね。それぞれどのような経緯で始めましたか?

そうですね。元々結構いろいろ興味はある方ではあったのですが、ベースが「絵」なんですよ。他がサブみたいな感じです。

洞窟物語』っていうパソコンでやれるフリーゲームがあるのですが、子供の頃に親から「やってみ」って言われてやらせてもらい、まあこれが面白いんです。ただそれだけじゃなくて、見た目も可愛くて曲もいい感じで、触発されるような感じありました。

一人の作者によって作られていて、「ゲームって一人で作れるんだ」と思ったんですね。「なら俺もできるか」じゃないけど、そういう人がモデルケースとして存在するのであれば、色々手を出したり自分でも作れるんじゃないかと思いました。

とりあえず絵は描けそうな感じがするし、音楽はちょっと作れないけど、まずはプログラムがないと動かないと思い、パソコンを親から譲ってもらって与えられた時にプログラムを書いてみようと思って「ゲーム 作り方」で検索しました。

確かその時に出てきたのが「Java」、「Visual C++」、「Visual Basic」で。Visual Basicは当時事務寄りのデスクトップアプリを作る用途の印象だったので、C++でDirectX(ダイレクトエックス)を使うとどうやらゲームができるらしいと分かりました。

中学生の頃はUnityみたいなワードも聞いたことがなかったので、DirectXをラップして使いやすくしたDXライブラリみたいなやつを触ってみたのがきっかけなんです。

——当時ゲームは完成しました?

プログラムはゲームを作るだけのレベルに到達はしませんでした。ここに至るまでの間に触っては挫折してを繰り返してちょっとずつ進んで、断片的な知識は入ってきていました。

だからプログラマーと喋ってる時に、「こういう事情で負荷が溜まっているのは、ガベージコレクションのタイミングだったりとか、メモリがどう、ステートマシンがどうこう」とか、そういう用語の意味だけわかるみたいな(笑)。プログラムに関しては「何を言ってるかわかるけどしばらく組めてはいない」みたいな状態で落ち着いてますね。

音楽は『洞窟物語』の天谷(あまや)さんはすごい曲が作れる人で、『ピストンコラージュ』という実際にゲーム内で使っている自作の作曲ツールがあるのですが、フリーで使えるみたいなので、耳コピで好きな曲のメロディーを打ち込んで流してみるというのをやっていました。その時もそんなに「曲作れました」みたいなレベルではなく、興味の種を蒔いている状態で、実を結んではいなかったですね。昔のDTMソフトの『Cubase(キューベース)』は学生には高くて手に入らないし。『ピストンコラージュ』はいろんな音源を鳴らせるような気がするのですが、パソコンに詳しくないとちょっと難しいところがありました。

環境が整ったこともあり、ここ3年ぐらいで急にちょっとできるようになりました。音楽理論って、独学は難しいなっていう感じがあったのですが、最近『SoundQuest(サウンドクエスト)』という、単純に音楽理論をまとめてるすごくわかりやすいサイトができました。色々噛み合って最近作れるようになった感じがしますね。

——大学ではどんなことをされていたんですか?

大学は油絵専攻ですね。予備校ではデザイン科志望だったんですが、絵を描く前の試験として油粘土とかケント紙のペーパークラフトとか、自分で好きな形を切って糊付けして組み上げるような立体構成が必要でした。手先が工作的な意味で不器用らしくて、思い描いているものにならないので行き詰まりを感じて、向いているものを探すために油絵科志望へ移動しました。

受験の時は、一次試験のデッサンで「手渡しモチーフ(石と膜)」が出て、それを好きに組み合わせて描くという、発想力を見られるような試験でした。二次試験の油絵の方は、「テントの中を出入りする人を描く」という課題で、アトリエのど真ん中に黄色いテントがポツンとあって、人がウロウロ出入りするのを描くというものでした。僕はずっと素直に、布のたわみやシワを丁寧に描いていました。

大学に入って以降は、あまり油絵は描いてないような…数枚だと思います(笑)。
3年生から版画専攻を選べるようになって、そっちに進みました。版画の方がどちらかというと繊細で、落ち着いて頭を使って考える感じがしました。版画はいい意味で自由度が低いというか、1回彫っちゃったらなかなか変えられないし、彫ってる最中は自分がどんな絵になるかよくわからない、実際に刷って見てようやくわかるというメディアです。そういう「間接性と複数性」という特性を意識されることが多いです。

「間接性」は、制作している最中は実際の仕上がりがどうなるか分からないということです。「複数性」は、1回作ったら何枚も同じものが出来上がるということです。いっぱい刷れば刷るほど希少性が下がって価値が落ちていくから、版画をやっていると「価値とは何か」ということを考えなければならない、そういう機会になるいいメディアだなと思います。

——価値を考え続けていたことがゲーム作りに活かされているんですね。

「人はいつ『やったぜ』という喜び(手応え)を感じるのか」は常に考えていますが、正直それを完璧に設計しきれているかはわからないです。理念を抱くのと、実際に作るのは全然違います。どれだけ作るのが大変かということや、労力を考えて作らないといけないし、「まだこれには面白さが足りてない」ということは分かっても、じゃあ何を足して何を引けばいいのか全然わからない、という感じでした。

最初と比べたらずいぶん良くなったと思うけど、長い間やりすぎて自分自身が仕様に慣れてしまい、本当に面白くできているのかわからなくなってくる(笑)。刺激に飽きてきているから結果的にゲームをだんだん難しくしちゃう傾向とかもあって、それは難しさとしてありますね。

——絵の話に戻りますが、独特の画風のルーツはなんですか?

あのタッチに関しては、フランスの漫画のバンド・デシネと銅版画がルーツです。『リトル・リコレクター』のチーム内ではメビウスの作品をリファレンスとして挙げているんですが、ルーツとしては『闇の国々』っていう作品が適切かもしれません。とても良い作品です。

——いつから線画主体のスタイルになったんですか?

元々、この線画が細かいスタイルだったわけではないんですよ。一時期「厚塗り」でした。
イラストレーターのAoinさんという方がいらして、ニコニコ動画にお絵描きのタイムラプスで絵が出来上がっていく様子がとても面白くて、美しいと思いました。ですが、ガサガサっとしたところからだんだん出来上がっていくというのを真似てしばらくやってたんですが、あまり合わなかったですね。 僕の性格上、ざっくりしたところから書き進めるよりも、すごい細かいところが気になるので、一向に絵が出来上がらないので向いてなかったです。

そんな時に、寺田克也さんというイラストレーターさんの、インタビューされながら絵を描く動画を見て衝撃を受けました。下書きなしでプリンターみたいに上から書いて出来上がるというすごいことが起こっていました。俺はさすがにその境地にはたどり着けていないですが、すごいと思って真似てみて、それが今の絵柄に近い線画スタイルになっています。

バンド・デシネだとか銅版画だとか言うけど、それは後付けで、初期のルーツとしては寺田克也さんのモノマネから始まってるんですよね。そのテイストの他の絵は何かっていうことを調べた時に、大友克洋さんとか、宮崎駿(ナウシカの原作漫画とか)とか、みんなフランスの漫画家「メビウス」に影響を受けているという繋がりを知って広がっていきました。

——どこからインプットを得てますか?

絵のインプットに関しては、現実からインプットしてるかも。普段から脳内デッサンしてます。

——珍しいタイプですね(笑)。

予備校の時についた癖で、当時はかなり絵が苦手な方だったんですよ。その時に言われたことですごく印象に残っているのは、他のみんなが1ミリ、2ミリのズレの差だけど、「君は1センチくらい違う」っていう(笑)。

——ショック……1センチ違うですか。

そう、すぐに形が破綻してしまうタイプで、「とにかく形を頭に叩き込まねば」と思って、道を歩くたびに、「光と影の間の境界線(明暗境界線・稜線)」を目でなぞる、っていう癖がついて。

腕を上げた時に肉が寄ってちょっとここ膨らみがちだよね、みたいな「その物体がどう成立しているか」を普段からよく見てたりするので、そういうのが反映されるとかはあるかなと思います。 あとは、自分が今描きたいと思っていることにまつわる情報を集めるっていうのをやっています。趣味でタロットカードとかを書いてるんですが、「そもそもタロットカードの歴史ってなんだろう」と思い調べたりしています。そうなると結構本が多いですね。ネットに出ない情報があるのがいいですね。AIとかで色々調べ物がしやすくなってますが、最近は一周回って本がいいなと思っています。

音楽に関しては、実際に音と音の対応関係とかを掴むにあたって『音楽ガチ分析チャンネル』というのが結構マニアックな分析をするチャンネルで、癖があって面白いです。

プログラムは「入門」みたいなやつだと、例えばC言語の書き始めに「#include 」っていう謎の言葉を書く時に、あるサイトでは「これはおまじないなので、意味は今のところ考えないで、とりあえず写してください」と書かれていました。このタイプがすごく苦手で、『苦しんで覚えるC言語』というサイトは「苦しんでください」っていう名前の通り、#includeの意味からして、まずもうめっちゃ言うんですが、そっちの方が好きなんですよ。『音楽ガチ分析チャンネル』に関しても曖昧さを残さない感じが割と好きでしたね。

——『リトル・リコレクター』のアニーとトリスタンを作る際に、どんなキャラクターを目指して、どういったものから着想を得て作りましたか?

落書きからちょっと始めてみようと思って描いた時に、「ちっちゃい女の子に対してでっかい荷物ってやっぱりいいよね」というのがあったんですよ。多分俺が脳裏にその時浮かべてたのは、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』に出てくるサポーターのリリとか、モンハンのオトモアイルーの管理してくれるちっちゃいやつとか。「あれっていいよね」となりました。

そいつ単体よりは相棒がいた方がゲーム的にも広がりが出てよかろうという打算がありました。『原神』のパイモンのようなものです。特に深いアイデアがあるわけでもないけど、2人とも脱力して生まれた感じですね。

実はちょっとずつブラッシュアップしています。最初はおさげがアシンメトリーだったんですよ。三つ編みが伸びていますが、最初は片方でした。

——あ、そうなんですか!

そう。当時に『serial experiments lain』を見てたんですよ。主人公の髪がアシンメトリーで、可愛いなと思い片側にしてたのですが、ちょっと問題が生じました。2Dアクションだから右行ったり左行ったりする時に、「単純な反転が効かない」となり、しょうがなくおさげ(両側)にしました。

今思えば、片おさげだったら今みたいな天真爛漫の性格はあまり合わなかったかもしれないです。ちょっとクールで癖のある性格っぽくなるから、結果的に収まるところに収まったような感じがしますね。「なぜおさげが必要か」というと、走ってる間に揺れているものが何か欲しかったんです。動きがないとつまんないかなっていうのでおさげを描きました。


今回は清水さんへのインタビューでした!

元をたどればイラストレーターの寺田克也さんからの影響だったとは驚きです。
どんな要素が混ざり合って今の絵柄が確立されているのかということが知れて面白かったですね。

次回はプログラマー編、寺沼さんが堀内君にインタビューを行うようです。乞うご期待!

こんにちは。デザイナーの清水です。

今回はデザイナーの森くんにインタビューを行い、どんな人なの? というのを掘り下げてみようと思います。
森くんは『リトル・リコレクター』のキービジュアルであったり、コンセプトアートだったり、世界観のビジュアルイメージを築いてくれた重要人物です。どんな話が出てくるのか楽しみですね。


本人の写真

デザイナーの森さん

今回インタビューを受ける人。『リトル・リコレクター』ではコンセプトアートの作成、ダンジョン内の背景美術、UIの改修やモーションなど幅広く担当。

TGSの展示内容や配布物のとりまとめも行い、プロジェクトの中心から外側までがっつり活躍しているコアメンバーだ!


——普段、自分のことを人に紹介するときには何と名乗っていますか?

2Dデザイナーです。

——最近はUIなどもやっていて幅が広がっていますね。

——好きな色は何ですか?

緑……ですかね。少し黄色に近い緑が好きです。

——今机の上とかPCのデスクトップはどうなってますか? すごく散らかってる人もいたりしますが……

机の上は整頓されている方だと思います。でも液タブが占領してますね。PCのデスクトップはだいたい2列くらい置かれてます。

——液タブに押されてキーボードが奥の方で斜めになってますが、辛くないですか?

慣れました(笑)。

——仕事中、無意識にやってしまう癖やルーティンなどはありますか?

鼻の側面を触る……?

——すごい地味なのが来た(笑)。結構お菓子とか置いてますよね。コーヒーホルダーみたいなのもあるし。

結構食べてます。コーヒーホルダーはいっちーさんにもらいました。※いっちーさんは本作のロゴを作ってくれた人です!

——左手デバイスもありますよね。あれって便利ですか? どういう設定にしてます?

『Tour Box』ですね。もう手放せなくなってます。
設定は、ホイールやノブで画面の拡縮と回転、ブラシサイズの変更ができるようになってます。それから、Undo / Redoとかコントロールキー等を設定して使ってます。

——腱鞘炎ってなったことありますか?

ないですね。かなり筆圧強いんですけどね。

——ないんだ。強靭だな……

——普段どこからインプットを得てますか? 映画とかゲームとか……

最近は外で受け取ることが多いかもしれないです。山登ったりとか。 もともとはインドア派なんですけど、東京に出てきてから外に出るのが好きになりました。 まだキャンプとかをしているわけではなくて、高尾山に登って降りるくらいの感じなんですが、目標としてそういうこともしたくて、最終的には富士山を目標にしてます。

——現実からインプットを得るのはいいですね。どういうところが絵的に活かされているとかはありますか?

色は感じ取ったりしますね。言葉にできるかと言われたら難しいですけど。

——言葉にできなくても記憶のなかに蓄積していればどこかで無意識に出てくることもありそうですね。山って普段の生活ではありえないくらいの高さから見下ろす視点になったりするから、そういう意味でも刺激になるかもしれないですね。

——絵を描きはじめたのはいつごろからですか?

描いてるのは小学校低学年くらいからですけど、本気で将来を見据えて描きはじめたのは高3ですね。 美術部に入っているとかもなくて、スポーツ系でした。

——背景を結構描いてますが、昔からですか?

最初はキャラ絵だったかと思うんですけど、祖母が油絵を描いていて、それを見て育ったので。 大学で色々な作品を作っていくうちに、風景が好きだなというところに行き着きました。

——風景のどんなところに惹かれますか?

空気感とか、エモさとか……。実際に見た夕焼けや景色の感動みたいな、あとは光の印象みたいな。

——たしかに、キャラ絵に比べて、風景画ってエモーショナルなものと結びつく度合いが強いですよね。思い出みたいなものとの結びつきがありますよね。

そうですね、光の表現みたいな。そういうのが好きで。

——ポートフォリオにビルの街並みみたいなものを載せてたじゃないですか。あれも結構エモめの絵でしたよね。風景を見るのが前から好きだったんですかね?

風景はずっと好きでしたね。

——そうなると外に繰り出しに行ってるのは繋がってるかもしれないですね。

ポートフォリオに掲載されていた作品。ビルのある街中の風景

話題に出てきている作品。淡い色彩が印象的

田舎に住んでたからというのもあるかもしれないですね。自然があるし。

コンセプトアートをお任せしたじゃないですか。あれ、結構独創的な空間づくりをしてくれましたが、何から影響を受けたみたいなソースとかあったりするんですか?

まずはジブリですよね。 あとはガウディが好きで。

——結構有機的な地形や建物を作ってくれるなと思ってたんですが、それがガウディの影響を受けてるんですかね。

もしかしたらそうかもしれないです。

——子供のころ、絵が好きかも・得意かもと最初に思った瞬間ってありますか。

人よりは好きだなと思いましたけど、自分より上手い人はいましたね。

——だいたいいますよね。でもそういう人に限って描くのやめちゃったりしますよね。

自分はいい具合だったのかもしれないですね(上手すぎなかったという意味で)。

——影響を受けた作品・作家はありますか? コンセプトアートに関してはガウディだったりジブリだったりかと思いますけど、個人的に好きだなみたいな。以前、絵本的な感じが好きというのは聞いたことがあります。

ムーミンの絵とか好きだったりします。

——なるほど。ちょっと海外っぽい感じですね。どの辺の時代の絵画が刺さるかとかも人によって違う感じしますよね。

一つすごく刺さるのがあって…… クリムトの描いた風景画が好きです。クリムトと言うと金色の作品がよく紹介されますけど、『アッター湖の島』という作品が好きです。

——絵において独学の部分と習った部分ってどんな割合ですか?

基礎的なこと、パースとか色味とかはだいたい大学で習ってますね。 教えてはくれるんですけど、それをちゃんと咀嚼して自分のものにできるかはその人次第、みたいな感じがありますね。

——大学では主にデジタルでしたか?

デジタルでしたね。でも他の授業を受けないといけなかったりして、そこでデッサンとか、物理的な絵も描いてました。

——絵を描くだけだったらゲームじゃなくてもいいと思うんですけど、なんでゲームなんですか?

難しいですね……でも、ゲームしかないと思ってました。 他の業種のインターンに行ったときに、違うなと思ったのが大きいです。

——広告とかはもっとビジネスしてる印象が強いですよね。ゲームのほうが表現の領域がある感じがしますね。

すべて言語化して、すべて説明して、納得を得る……みたいな感じで、言語化できないものは入れないみたいな感じだったので、それがちょっと合わなかったですね。

——今幅広くやってますけど、最初はUIやる予定はなかったですよね。もともとはどういうことをやる想像をしてましたか?

もともとは2Dのキャラを描いたりするのかなと思ってました。

——一番最初にやった仕事はなんですか?

一番最初にやったのは、武器のデザインを3種類挙げて、ひとつ選んで清書するっていう仕事でした。

——UIははじめてだったと思うんですけど、頭の使い方が違うなっていう感覚はありますか?

基礎的なことだとは思うんですけど、情報のグループを分けて、というのを意識するのが、慣れないうちは難しかったですね。 どれをまとめて、どれを離して、どれは横が揃ってなくてもよくて、どれは縦も横も揃ってないと見にくいとか。

イラストレーションの出身だからデザインを習ってきてるわけではないんですかね。

そうですね、習ってはないです。 でも、入社前に広報チラシみたいなのは作っていたことがありました。

TGSで使った看板とかもよかったですね。

元々絵の人だからこそできるUIってありますよね。今作ってもらっているものも、ベクターでカチっと作るものじゃないから、絵が描けないと難しそう。

——最後に、最近ハマっていることは?

……それも登山ですね(笑)。


今回は森くんへのインタビューでした。

既存の作品ではなく自然を見に行ったり、コンセプトアートの着想をジブリやガウディから得ていたり、森くんからしか聞けない話が聞けたんじゃないかなと思います。

次のインタビューでは逆に森くんから清水へのインタビューとなっておりますので、乞うご期待!

こんにちは。デザイナーの清水です。

今回は漫画の話です。ウェブ連載している4コマ漫画ではなく、ゲーム中で見ることができる漫画の方についてお話しします。

リトル・リコレクターでは、ゲームを進めていると要所要所で漫画を読むことができ、ムービーの代わりにストーリーを語ってくれます。
これらの漫画は、あらすじを決める → ネームを描く → 線画 → 着彩という流れで制作していて、その中でも特別頭を使う工程の一つがネームなので、今回はネームの話をしようと思います。

ネームの要素を分解する

ネームを作るにあたって必要な要素は、話の内容いくつのコマに分割するかコマをどうレイアウトするか、の3つが主要なものかなと思います。
本作で読める漫画にはセリフがありませんが、セリフがある場合はどのコマのどの位置にセリフを書くかというのもここに含まれそうです。

そしてこれらの要素を同時に考えるのは結構難しいです。私は難しい作業はいくつかの要素に分解して、それぞれをプロセス的に分けて作業するようにしており、これも例外ではありません。
ネームの要素の中で一番思考を停滞させるのがレイアウトの部分です。こっちは話の内容を決めてしまいたいのに、コマをどこにどういうサイズで配置するのかというところで悩みます。なのでここを分離します。

レイアウト以外の部分だけを決めたものがこちらです。

ネームの前段階

記憶を頼りに描いたので製作中に描いたものそのものではないですが、こんなイメージです。


こういう感じでネームの前駆体みたいなものを作っておいて、それを見ながらコマ割りをしていきます。
レイアウト中に「ここはもうちょっと細かくコマを割らないと話が飛ぶな」とか「ここは冗長だな」とか、そういうことに気づいたりするので、適宜足したり削ったりしつつ組んでいきます。

そうして最終的に、

1ページ目
2ページ目
3ページ目

こういう感じの漫画になります。左から読むことに注意。ゲーム中ではコマが順番に表示されるので迷うことはないと思います。

週間連載のようにスピード感が求められる場合にはこの二度手間感が気になるかもしれませんが、そうでない場合は、ネームを2段階に分けてみると結構スラスラ作れるかもしれません。おすすめです。

ということで、漫画のネームの話でした。それではまた次の記事でお会いしましょう。

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